Sunny.
僕の言葉は単純なものだ 遠い国からの手紙のように                   別に涙がいるわけじゃない  ―― 田村隆一 
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続・大震災ログ
荷物だけが沖縄旅行
修学旅行が中止になり、最近の仕事のメインは荷物の返却になっている。
空港での搭乗簡略化のため、一泊目のホテルにカバンを先に送っておくのだけど、トラックに積み込んで発送した4時間後に地震が発生。すでに旅立っていた荷物だけが、沖縄に行って帰ってきた格好に。

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体育館に詰め込まれたカバンたち。
取りに来た高校生や保護者の方から「何か代わりの旅行は無いんですか」と聞かれるんだけど、難しいなあ……。600人を一度にさばく宿泊行事って、1年以上前からホテルと飛行機の手配つけないとできないんすよ。



ガソリンが買えない
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地平線の果てまで続く、ガススタ行列。
1駅分は軽く続いていたので、3キロ以上はあるんじゃないかな。

職場で、「まさかガソリン不足になるなんて思わなかったなぁ」という声を聞くと、「え?」と驚く。
ちょっと偉そうな話になるけど、僕は地震の30分後くらいから、「まずはガソリン。」と思っていた。わりと普段から、ガソリンが容易に手に入る日常の「異常さ」に、モヤモヤした気持ちでいたのだ。

クルマって、ガソリンさえあれば発電・発光・冷暖房・発動力・ラジオ受信、全部ができて、防風・防水まで完璧だから、こういうときものすごく頼もしい。防災用品のつもりで、クルマ持っておくのもアリだと思う。

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【タンク車の給油作業員に、「ここ開店何時から?」と尋ねるおじさん。
もちろん、「さあー、私らわかりませんので」と返されていた。】
※写真と本文は関係あります。


つくば市にも避難する人が
つくば市にも、北の方から被災した人が避難してきている。
クルマを使いたくないので、基本、自転車で行動しているのですが、つくば国際会議場の前を通ったら、うわさ通り避難所になっていた。

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小さく「小児科」「内科」などと書かれた窓口もあって、避難所であることをありありと実感する。
被災者を見世物として見ているようで、写真を撮るのが少しためらわれたけど、子供に伝えるときに写真があった方が説得力が増すので、撮らせてもらいました。
すいません、被災者の人たち。


大学の被害は。
つくば市は、筑波大の卒業生にとっては間違いなく、実家と同等に思い入れのある土地なのですが、大学もちょぼちょぼと損傷を受けています。
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写真は一学側から、図書館方面を見たところ。
橋のタイルの一部が崩落して下に落ちている。 

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これはその橋の上の排水路の金網。
元は……

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こういうまっすぐな網だったのが、
大地のゆがみで押しつぶされて変形し、一つは排水路に落ちてしまった。
凄まじい力だ。

ちなみに卒業式・学位授与式は中止だそうです。
元気出せ、俺の十個下の後輩たち。


外食事業を応援しよう。
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飲食店の客足が衰えて大変だ、と聞く。
確かに俺も震災以来、「美味しいものを食べよう」という心の働きが減退してしまっていた。
日本中がそうなんだとすれば、日本も言うほど浮かれた国ではなかったんじゃないだろうか。
とか思いつつ回転寿司に行ってみたら意外なほどに混雑してて、名前を書いて待たされた。
肩すかし。
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【2011/03/21 13:48】 | commentを書く(0) |
大震災ログ
ちょっと心を落ち着けたいので、こっちのブログ書きます。


●修学旅行の前日
地震の日、僕の高校は修学旅行の前日。
「明日の朝、羽田でな」と言って2年生を送り出し、教員たちは通知表所見を書いていた。

同僚のドコモの携帯に緊急地震連絡が入り、「あ、宮城から強い地震来ますね、震度5の」とか言っていたので、結構強いなあ、と思ってたら、警報がみるみる強くなり、おいおい、となったところ、あっという間に警報は震度6。ほんとかよ!?と疑っていたら、急激に激しい揺れ。
そこからは他のオフィスと同じように、あらゆるものが散乱。
僕は食べていた「じゃがりこ」をそのまま持って机の下に隠れてしまったので、散らばらないように注意しながら、揺れから身を守った。

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●ツイッター最強
1年生しかいなかったので、避難はスムーズに完了。
壁が崩れ、砂ぼこりの舞う校舎はまるで内戦中。校舎からグラウンドへ生徒を速やかに退避させる。
こういうとき、教員は指揮系統がはっきりしている組織で、普段から大勢を移動させることに慣れているからスムーズだ。

人数確認後、担任指揮の下で荷物を取りに行かせ、寒くないように一番新しい建物である体育館へ避難。自転車で帰れる生徒は帰らせ、後は保護者の迎え待ち。

この間、強く思ったのが、あちこちで言われているが、ツイッターの盤石さだ。
電話もメールも全然つながらない、テレビもラジオも手元に無い状況で、ツイッターは刻一刻と変化する状況を伝えてくれた。
特に便利なのが、ローカルな情報と、グローバルな情報を、両者バランスよく伝えてくれること。
ツイッターやってて、本当に良かったと思った。

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●帰宅
600人中、50人ぐらいの生徒は保護者も迎えに来られないため、学校に宿泊へ。
僕は嫁さんと連絡が付いていなかったので、職場は泊まり組の教員に任せ、つくばに帰還。
渋滞も陥没も無かったが、帰還して驚き。自宅付近が停電&断水だったのだ。
当然嫁さんは、暗闇の中僕の帰りを待つ。
テレビもラジオも無く、携帯も圏外の中、嫁さんは完全に情報から遮断されており、僕が周囲の状況を話すと驚いて聞いていた。
というわけで僕もその夜は情報遮断生活を送ることになったわけだけれど、その感想として言えるのは「手回しラジオは絶対にあった方がいい」ということだ。
情報が無いというのは、何とも言えないもんわりとした不安に襲われる。
どうなってるんだろう、どうなってるんだろう、という不安がさらに不安を呼び、ろくろく眠れずに目が覚めながら朝を迎えることになる。西日本に住む皆さん、今手元に無いのであれば、すぐにでも買うべきです。

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●給水
ああ被災地だなあ、と思わせられたのが、この給水の行列に並んでいた時。
つくば市は夜からずっと断水。
むー……これは水槽の水で暮らしていくしかないかな、と思い、ツイッターにその嘆きを書いたら、すぐに給水情報を教えてもらえた。素晴らしいぜツイッター。
最寄りの給水場所は天久保公園、平砂学生宿舎のすぐ向かいにある公園だ。
百人単位の人間があの公園に列をなし、地下タンクからの給水を待つ。
意気軒高で入学してきた18歳の僕よ、14年後、自分が目の前の公園で給水の列に並ぶとは思いもよらなかっただろうなあ。
市の職員さんのトラブルがあり、寒空の下1時間ぐらい待たされたりつつ、無事5リットルの飲料水の確保に成功。
水、ほたる、水だぞ!と田中邦衛気分で小躍り。
これで気分的には、だいぶ楽になる。

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●練炭生活へ
電気は相変わらず、なぜか桜地区だけ呪われた村のように回復しなかったのだけれど、それでも片づけを始めるしかない。
まっさむ家で壊れたものはいくつかのグラス程度で、水槽もテレビも電子レンジも無事だった。
それよりも自宅が自宅機能を維持するうえで重要なのが、暖房である。
電気が来ていないので、ファンヒーターも使えず、普通は困り果てるところだが、僕の家には練炭があった。
この記事で使ったものである。(練炭の記事)
嫁さんは、最初は危険じゃないかと訝っていたが、その温かさになじむにつれ、それなりに理解を示してくれるようになった。
あったかいは正義だ。

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●お隣さんと仲良く
夜になっても相変わらず電気も水道も復帰せず、ヘッドライトと懐中電灯で暮らすしかない。
もちろんインターネットもテレビも見られない。
つまらなくて、ふて寝していたところ、お隣の奥さんがノックして「ラジオと焼酎あるからうちに飲みに来ない?」と誘ってくれる。
お隣さんとは、これまでも仲は良い感じではあったのだが、お互いの部屋に入るような機会も無かったので、これはすごく新鮮な出来事だった。
地震以来、給水情報を教えたり、缶詰もらったりと、協力することも多かったので、なんか普段以上に強い連帯感を抱いていたのだ。
お隣の旦那さんはスーパーの店長さんで、市民に安心を提供する立場でもあり、お互いの苦労話なんかをずいぶん聞かせてもらえた。僕もついつい興がのって、飲みすぎるくらい焼酎を飲み、へべれけになった頃に、突然電気が復旧。
最後に復旧を喜んで乾杯し、会は解散になった。

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●職場は平気なのか
そしてまた夜が明けて、今日。
もちろん修学旅行は中止で、僕は出勤して学校の被害状況や今後の対応を検討する。
古い校舎なので、損傷がひどい。
登校は当分お預けにして、安全確認に徹する。
写真はとある一教室。校舎のつなぎ目で壁が崩落。
まあ、このあと来年度の予定も含めてどうなるかさっぱり分からないけれど、頑張っていこうと思います。

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【2011/03/14 23:06】 | commentを書く(0) |
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筆者:まっさむ
今年は年賀状遅れました。ごめんなさい。

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